お疲れ様でした。2011/06/20 22:13

 昨日の晩にクラレンス・クレモンズの訃報に接した。ダニー・フェデリシの時もそうだったが、事態をすぐには受け入れることができず、涙も出なかった。

 一晩明けても茫然自失だった。力が入らなかった。

 インターネットでニューヨーク・タイムスの記事を読んだ。当然というか、小さな記事しか載せなかった日本のマスコミとは違って、本格的な評伝が書かれていた。それから音楽情報系のサイトの記事やファン・サイトの投稿を読んだりして、次第に現実を受け入れ始めた。

 正直、近年のステージでのクラレンスは痛々しかった。もう、ブルースと一緒にステージを駆け回ることなんてできないのだという事実に言いようのない寂しさを感じた。

 Eストリート・バンドのピークは間違いなくリヴァー・ツアーの頃だったと個人的には思っている。あれほど強靭なグルーヴを僕は他に知らない。ヴァン・ザントが抜けた’84年以降は全く違うし、再結成後の’99年以降もまた別物だ。

 解散まではブルースにとってEストリート・バンドとは文字通りのバック・バンドだったのだと思う。音楽的絶対服従をメンバーに強いたからこそ、彼は「ボス」と呼ばれたのだ。 クラレンスの名演といえば「ジャングル・ランド」のソロが真っ先に挙げられるが、あれこそ正にその象徴だ。

 『明日なき暴走』30周年記念ボックスのドキュメンタリーで明かされたことだけれども、ブルースはクラレンスのソロを一音一音チェックした。あの名ソロはブルースの音楽的構想の外を出るものではなかったのだ。そもそも『明日なき暴走』自体、アレンジがきっちり固められたアルバムだ。結果的にクラレンスのサックスが全面的にフィーチャーされ、あのジャケットが生まれたのだろうけれども、音楽的には全てブルースが握っていたと言って良いと思う。

 確かに『明日なき暴走』の大半や「ロザリータ」なんかは、クラレンスがいないと再現が厳しいかもしれない。だが、ブルースの音楽は基本的にアレンジに縛られるものではないと思う。ジミ・ヘンドリックスのエンジニアだったエディー・クレイマーは「ジミの音楽は、たとえブリキ缶で演奏したって素晴らしいものになる」と語ったことがあるが、ブルースの音楽についても同じことが言えるだろう。

 まず、音楽ありき、なのだ。バンドありき、ではない。

 「ブラッド・ブラザーズ」以降、Eストリート・バンドはブルースの盟友的な立場になっていったが、音楽に対する姿勢は変わっていない。また、ポピュラー音楽である以上、ファンが求めるものを無視できない。毎回同じクオリティーで「ジャングル・ランド」のソロを演奏しなければいけないのだ。ブルースほどのミュージシャンのサイド・マンともなれば、重圧は相当なものだろうと思う。例え体がボロボロになろうとも、音楽を支え続けなければいけない。時にファンは残酷な存在になる。

 僕はボロボロなクラレンスの姿を見て、どこかで「もう、いいよ」と思っていたような気がする。年齢を考えればいつまでも過酷なツアーは続けられないだろうし、いつか終わりは来る。

 クラレンスのサマーソニック来日が急遽決定したというニュースを知ったとき、ふと僕は、不謹慎な話だけれども、「クラレンスはもう体が限界に来ているのかもしれない」と思った。まだ体が動くうちに日本に行ってパフォーマンスをしたいと思っているのかもしれない、と。だから昨日ソニーからメールが来ているのを見たとき、僕は嫌な予感がしたのだ。

 ただ、これほど耐え難いものはなかった。本当に僕は言葉を失った。体の一部が失われたようで、一人でいるとそのままどこか深いところに落ち込んでいってしまうような感じがした。

 子供の頃から好きだったミュージシャンが逝ってしまい、残された者は何をしたら良いのかを考える。彼らが残してくれたものを、次に伝えていくこと。言い古されたような気もするが、やはりこれしかないのだろう。 

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 お疲れ様でした、クラレンス。あなたは十分にブルースとその音楽を支えました。ゆっくり休んでください。そして、ありがとう。

ダニー・フェデリシ死去2008/04/19 11:29

昨晩、SONYミュージックから送られてきたブルース・スプリングスティーンのメール・マガジンを読んで愕然となった。治療のためマジック・ツアーを離脱していたEストリート・バンドのダニー・フェデリシが亡くなったというのだ。享年58。

ツアー離脱時に癌という病名は伝えられていたが、それでも信じられなかった。僕は急に何も手につかなくなり、そのまま布団に入ってしまった。

今朝になって事態を何とか飲み込もうとした。とりあえずブルースの『ザ・リバー(The River)』をプレーヤーに載せた。ダニーのオルガン・プレイが一番印象的なアルバムだ。

「ハングリー・ハート(Hungry Heart)」のオルガン・ソロはダニー屈指の名演だし、ロック史に残るものだと信じて疑わない。Eストリート・バンドのサウンド・カラーを一時期決定付けていたのはダニーのオルガンである、と個人的には思っている。

近年は地味なプレイに徹していた感もあるが、『マジック(Magic)』の「リヴィン・イン・ザ・フューチャー(Livin' In The Future)」では久々にソロ・プレイを聴かせてくれていた。たとえ目立たなくてもダニーのオルガンは常に重要なアクセントであった。

メール・マガジンでも伝えられていたが、ブルースのオフィシャル・ホームページで改めてブルースのコメントを読んだ。

  ”(略)...We grew up together.”

その時、プレーヤーからは「ドライヴ・オール・ナイト(Drive All Night)」が流れていた。急にこみ上げてくるものがあり、僕はそれを抑え切れなかった。悲報を知ったときには出なかった涙があふれてきた。

Eストリート・バンドが今後どうなるのか、ツアーはどうなるのか、それについては一切報道されていいない。公演のいくつかはキャンセルになったようだが、ブルースやバンドのメンバーの心情を思うと、本当にやるせない。

心の底からダニーの冥福を祈りたい。僕は彼のオルガンを聴いて育ったのだ。

Bruce Springsteen "Magic" ~各曲目について(4)2007/10/30 23:35

(昨日の続き)

10.ロング・ウォーク・ホーム (Long Walk Home)

 このアルバムのハイライトだ。ライターの五十嵐正さんによれば、この曲はザ・シーガー・セッション・バンドとのツアー中のロンドンで、一晩で書き上げられ、翌日にライヴで披露されたということだ。確かにある種抑えがたい衝動に駆られたような勢いがある。「家までの長い道のりを歩いて帰ろう(It’s gonna be a long walk home)」というリフレインが感動的だ。ザ・シーガー・セッションで得たものが、見事に形になっている。伝承歌を見直すことで、ブルースの世界は一層広がったといえるだろう。

 車を走らせていた主人公が見つけたのは、既に変わり果ててしまった故郷の姿だった。退役軍人館や、店仕舞いした商店街のイメージは『BORN IN THE U.S.A.(Born In The U.S.A.)』にダブる。かつての主人公は故郷をそのまま捨ててしまったが、今回は違う。主人公は車を捨ててまでも、真の故郷へ歩いていく決心をする。それがどれだけ時間がかかろうとも。「我々のあるべき姿、すべきこと、してはならないこと(Who we are, what we ‘ll do and what we won’t)」が示された世界、それが真の故郷だ。


11.デヴィルズ・アーケイド (Devil’s Arcade)

ラストを飾るこの曲は、最も難解な内容になっている。まるで映画のフラッシュ・バックのように様々なイメージが展開され、とてもドラマチックな仕上がりとなっている。

 「悪魔のアーケード(Devil’s arcade)」とは、何を指しているのだろうか。また「デビルズ・アンド・ダスト」のイメージが蘇る。韻を踏んだフレーズの繰り返しは、三浦久さんがライナーに書かれているように、安易な意味付けを拒むかのように響く。

 恐らく舞台は砂漠の戦場だろう。だが、それはイラクに限定されない。我々全ての人間が直面している危機を象徴するものとしての砂漠、ではないのか。「デビルズ・アンド・ダスト」では信仰と現実の間に悩む男の姿が描かれていたが、この曲の主人公は恐らく出口を見出している。それは「あなたの鼓動(The beat of your heart)」だ。


12.(シークレット・トラック)

 最後に急遽付け加えられたのは、アルバム・リリースを待たずに亡くなった、ブルースの親友、テリー・マコヴァーンに捧げられたもの。ブルースがこのような行為をすることは、非常に珍しい。

とても物悲しい曲だ。「彼らが君を創った時、彼らは鋳型を壊したんだ(When they built you brother, they broke the mold)」と歌われるところでは、胸を締め付けられる思いがする。


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今回このレヴューを書くため、短期間に何回もアルバムを聴いた。同じレコードをリピートすることは好きではないのだが、『マジック』に関しては全く気にならなかった。最初に聴いたときは、詩を読み取ることに精一杯で、細部まで気が廻らなかったが、聴き直すごとにどんどん印象が変わっていった。とにかくこのスケールの大きさは圧倒的だ。過去のどのアルバムより劇的要素に溢れている。

ブルース・スプリングスティーンは今年の9月で58歳になった。アルバムを聴く限り、とても信じられない。衰えを知らぬ探究心を抱え、進化し続けるその姿は、他に例える存在が思い浮かばない。

かつて彼のようなミュージシャンがいただろうか? 58歳のときにこれだけパワーのあるアルバムを作ったミュージシャンが? ボブ・ディランは? ポール・マッカートニーは? ミック・ジャガーは? ロジャー・ウォーターズは? 彼らとて衰えることのない創造力を持ち続けているが、これほど勢いのあるアルバムは作れなかったと断言する。

僕は20年以上ロックを聴き続けているが、ブルース・スプリングスティーンほど誠実なミュージシャンを他に知らない。

Bruce Springsteen "Magic" ~各曲目について(3)2007/10/29 09:12

(昨日の続き)


7.アイル・ワーク・フォー・ユア・ラヴ (I’ll Work For You Love)

 アルバム中唯一のラヴ・ソングともいえる曲。92年の『ラッキー・タウン(Lucky Town)』以降、ブルースの作品には聖書のイメージが頻繁に登場するようになったが、この曲もその一つだ。

「埃(Dust)」という単語が二回出てきており、「デビルズ・アンド・ダスト(Devils And Dust)」のイメージが再現される。主人公の愛する人(ここではテレサ)が酒を注ぐために払ったグラスの埃は、歳月ともに積もっていく心の埃と僕は解釈した。新たに清められたグラスから酒を飲むことで、主人公もまた浄化される。「文明の塵と愛の甘い残滓が、あなたの指を滑り落ち、雨のように降り注ぐ(The dust of civilizations and loves sweet remains slip off of your fingers and come driftin’ down like rain)」の箇所は難解だが、清濁併せ呑むような愛の偉大さを暗示しているのだろうか。


8.マジック (Magic)

 アルバム・タイトル曲である。この曲だけEストリート・バンド主体ではなく、外部ミュージシャンの参加で作られている。

 舞台に立つマジシャンの口を借りて語られるのは、幻惑されることが如何に簡単であるか、騙された結果取り返しがつかなくなることの恐ろしさである。自由が消え、恐怖が人々を支配し、死が人々を襲う。不気味なイメージを連ねた詩に、皮肉がたっぷり込められている。ブルースにしては珍しいタイプの曲。


9.ラスト・トゥ・ダイ (Last To Die)

 辛辣さは更に増してくる。オープニングで、故郷に帰るため主人公が走らせていた車の行く手は、厳しい状況になってきた。外に見えるのは死のイメージばかりである。全てが崩壊していく中、恐怖に耐えながら主人公は出口を見出そうとする。

 過ちを犯したのは誰なのか、誰が一体責任を取るのか、為政者が処罰されればそれで終わりなのか。答えは見つからない。


(更に明日へ続く)

Bruce Springsteen "Magic" ~各曲目について(2)2007/10/28 16:26

(昨日の続き)

4.ユア・オウン・ワースト・エネミー (Your Own Worst Enemy)

 「お前の最大の敵(Your own worst enemy)」とは、言うまでもなく自分自身のことであるが、ここで問題になっているのは、閉塞的状況にあるのは自分自身だけではなく、時代も社会もだということだ(「全てはひっくり返っている/Everything is upside down」、「全ては崩れかかっている/Everything is falling down」)。

 曲の最後は「お前の旗は空高くはためいていた/それは吹き飛ばされ空の中へ消えていった(Your flag it flew so high/It drifted into the sky)」と締めくくられる。誇りが失われてしまうと立ち直るのは非常に困難になる。それは人も社会も同じこと。では我々はどうしたらいいのか。これに対する答えはアルバムの最後にさしかかると示される。


5.ジプシー・バイカー (Gypsy Biker)

 ジプシー・バイカーとは主人公の友達だろう。「投資家達は金を儲けた/お前の流した血によって(The speculator made their money/On the blood you shed)」という出だしは実に辛辣だ。イラク戦争のにおいがここでもしている。恐らくジプシー・バイカーは戦死したのだ。母親は悲しみに暮れ、父親は酒に溺れてしまった。主人公も怒りの矛先を何処に向けたらいいのか分からない。


6.ガールズ・イン・ゼア・サマー・クローズ (Girls In Their Summer Clothes)

 正にウォール・オブ・サウンド。若い頃、ブルースはフィル・スペクターのような音作りを目指して四苦八苦したそうだが(その様子は、『明日なき暴走』30周年記念ボックスのドキュメンタリーDVDに詳しい)、その試みはここで一つの完成形を見せている。

 アルバムは一転して、追憶の世界に入る。夏の夜、恋人達が手をつないで歩き、子供達が遊ぶ街の中、主人公はその様を眺めている。将来の心配などすることのなかった時代の情景が鮮やかに蘇る。


(7曲目以降は明日の記事で)
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