トム・ペティの想い出 ― 2017/10/03 22:52
人間はいつかは他人に別れを告げていく存在ではあるが、どうしてこんなにも早くこの人の訃報に接しなければいけないのだろうか...トム・ペティが急死した。
こんな夜は何をしていても的外れのような気がして、いたたまれなくなる。それでも何とかトム・ペティについての個人的な想い出を綴ってみようと思う。
トム・ペティの音楽はMTVで初めて接した。「ドント・カム・アラウンド(Don't Come Around Here No More)」のビデオ・クリップだった。彼の作品の中では異色作ではあるが、当時はそんなことなど分かる訳がない。まぁ、とにかくヘンなビデオだった。子供心に「何と不真面目なビデオだろう」と思ったものだ。
それなりに予算と手間をかけて制作されたものであることは間違いないが、それでも「不真面目」に見えてしまうところがスゴいのである(今では傑作だと思っています)。この「ちょっとヘン」な感覚に妙にはまってしまい、それ以来ずっと彼の音楽を聴き続けてきた。
その頃一番好きだった彼の曲は「反逆者(Rebels)」だ。これは小林克也さんの『ベストヒットUSA』で観たライヴ版だった。スタジオ版にはないマイク・キャンベルの長いエンディング・ソロがたまらなく好きだった。この影響で赤いテレキャスターには未だに憧れている(余談だが、同じテレキャスをトム自身が弾いている写真を見たことがある。あれはトムとマイクのどちらが所有していたのだろう?)。
90年代以降はハートブレイカーズ名義アルバムのリリース間隔が長くなり、活動も地味になってしまったが、それでもツボをきちんと押さえたロックン・ロールは健在だった。
トム・ペティを一言で評価するならば、優れたソングライター、ということになると思う。職人的なセンスの持ち主で、コンパクトでキャッチーな曲を書かせたらこの人の右に出る者はそうそういないだろう。またあの独特な飄々とした雰囲気のパフォーマンスも最高だ。映像作品での個人的なオススメは、VTRしか出ていないが、『Take The Highway Live』だ。油の乗り切ったパフォーマンスを展開している。
トム・ペティが死んだと知らされても実感が湧かないし、信じることが難しい。ただ、オフィシャル・サイトにも情報は掲載されていて、現実を受け入れるしかなさそうだ。とにかく単独での来日公演が実現しなかったことだけがとても残念でならない。
R.I.P. Tom Petty,
こんな夜は何をしていても的外れのような気がして、いたたまれなくなる。それでも何とかトム・ペティについての個人的な想い出を綴ってみようと思う。
トム・ペティの音楽はMTVで初めて接した。「ドント・カム・アラウンド(Don't Come Around Here No More)」のビデオ・クリップだった。彼の作品の中では異色作ではあるが、当時はそんなことなど分かる訳がない。まぁ、とにかくヘンなビデオだった。子供心に「何と不真面目なビデオだろう」と思ったものだ。
それなりに予算と手間をかけて制作されたものであることは間違いないが、それでも「不真面目」に見えてしまうところがスゴいのである(今では傑作だと思っています)。この「ちょっとヘン」な感覚に妙にはまってしまい、それ以来ずっと彼の音楽を聴き続けてきた。
その頃一番好きだった彼の曲は「反逆者(Rebels)」だ。これは小林克也さんの『ベストヒットUSA』で観たライヴ版だった。スタジオ版にはないマイク・キャンベルの長いエンディング・ソロがたまらなく好きだった。この影響で赤いテレキャスターには未だに憧れている(余談だが、同じテレキャスをトム自身が弾いている写真を見たことがある。あれはトムとマイクのどちらが所有していたのだろう?)。
90年代以降はハートブレイカーズ名義アルバムのリリース間隔が長くなり、活動も地味になってしまったが、それでもツボをきちんと押さえたロックン・ロールは健在だった。
トム・ペティを一言で評価するならば、優れたソングライター、ということになると思う。職人的なセンスの持ち主で、コンパクトでキャッチーな曲を書かせたらこの人の右に出る者はそうそういないだろう。またあの独特な飄々とした雰囲気のパフォーマンスも最高だ。映像作品での個人的なオススメは、VTRしか出ていないが、『Take The Highway Live』だ。油の乗り切ったパフォーマンスを展開している。
トム・ペティが死んだと知らされても実感が湧かないし、信じることが難しい。ただ、オフィシャル・サイトにも情報は掲載されていて、現実を受け入れるしかなさそうだ。とにかく単独での来日公演が実現しなかったことだけがとても残念でならない。
R.I.P. Tom Petty,
チャック・ベリー ― 2017/03/19 16:40
チャック・ベリーが逝った。90歳だから、一般的には大往生というべきなのだろうが、やはり悲しい。
訃報はネットのニュースサイトで知った。その時ロッド・スチュワートの歌う”スウィート・リトル・ロックン・ローラー (Sweet Little Rock'n Roller)”を聴いていた。何たる偶然か。
チャック・ベリーを語るのに「偉大な」という形容詞はあまりに陳腐な感じがする。ニュースサイトで「絶大な影響を後続のミュージシャンに」なんていう記述があるのを見ても、そんな簡単に言い尽くせるものなのか、と思ってしまう。
チャック・ベリーはロックン・ロールのビック・バンなのだ。全ての始まりなのだ。
史上初のロックの詩人にして、完全無欠なギターリフの発明者、ステージ・パフォーマンスの先駆者。
チャック・ベリーに影響されてギターを手に取った少年はどれだけいるのだろう。チャックを聴いて育った第一世代がストーンズ、ビートルズだとして、その彼らを聴いてロックを始めた世代、そしてその次の世代、その次、その次と...。
チャック・ベリーの遺伝子は着実に引き継がれていく。チャック・ベリーは永遠だ。
チャック・ベリー、万歳!
訃報はネットのニュースサイトで知った。その時ロッド・スチュワートの歌う”スウィート・リトル・ロックン・ローラー (Sweet Little Rock'n Roller)”を聴いていた。何たる偶然か。
チャック・ベリーを語るのに「偉大な」という形容詞はあまりに陳腐な感じがする。ニュースサイトで「絶大な影響を後続のミュージシャンに」なんていう記述があるのを見ても、そんな簡単に言い尽くせるものなのか、と思ってしまう。
チャック・ベリーはロックン・ロールのビック・バンなのだ。全ての始まりなのだ。
史上初のロックの詩人にして、完全無欠なギターリフの発明者、ステージ・パフォーマンスの先駆者。
チャック・ベリーに影響されてギターを手に取った少年はどれだけいるのだろう。チャックを聴いて育った第一世代がストーンズ、ビートルズだとして、その彼らを聴いてロックを始めた世代、そしてその次の世代、その次、その次と...。
チャック・ベリーの遺伝子は着実に引き継がれていく。チャック・ベリーは永遠だ。
チャック・ベリー、万歳!
お疲れ様でした。 ― 2011/06/20 22:13
昨日の晩にクラレンス・クレモンズの訃報に接した。ダニー・フェデリシの時もそうだったが、事態をすぐには受け入れることができず、涙も出なかった。
一晩明けても茫然自失だった。力が入らなかった。
インターネットでニューヨーク・タイムスの記事を読んだ。当然というか、小さな記事しか載せなかった日本のマスコミとは違って、本格的な評伝が書かれていた。それから音楽情報系のサイトの記事やファン・サイトの投稿を読んだりして、次第に現実を受け入れ始めた。
正直、近年のステージでのクラレンスは痛々しかった。もう、ブルースと一緒にステージを駆け回ることなんてできないのだという事実に言いようのない寂しさを感じた。
Eストリート・バンドのピークは間違いなくリヴァー・ツアーの頃だったと個人的には思っている。あれほど強靭なグルーヴを僕は他に知らない。ヴァン・ザントが抜けた’84年以降は全く違うし、再結成後の’99年以降もまた別物だ。
解散まではブルースにとってEストリート・バンドとは文字通りのバック・バンドだったのだと思う。音楽的絶対服従をメンバーに強いたからこそ、彼は「ボス」と呼ばれたのだ。 クラレンスの名演といえば「ジャングル・ランド」のソロが真っ先に挙げられるが、あれこそ正にその象徴だ。
『明日なき暴走』30周年記念ボックスのドキュメンタリーで明かされたことだけれども、ブルースはクラレンスのソロを一音一音チェックした。あの名ソロはブルースの音楽的構想の外を出るものではなかったのだ。そもそも『明日なき暴走』自体、アレンジがきっちり固められたアルバムだ。結果的にクラレンスのサックスが全面的にフィーチャーされ、あのジャケットが生まれたのだろうけれども、音楽的には全てブルースが握っていたと言って良いと思う。
確かに『明日なき暴走』の大半や「ロザリータ」なんかは、クラレンスがいないと再現が厳しいかもしれない。だが、ブルースの音楽は基本的にアレンジに縛られるものではないと思う。ジミ・ヘンドリックスのエンジニアだったエディー・クレイマーは「ジミの音楽は、たとえブリキ缶で演奏したって素晴らしいものになる」と語ったことがあるが、ブルースの音楽についても同じことが言えるだろう。
まず、音楽ありき、なのだ。バンドありき、ではない。
「ブラッド・ブラザーズ」以降、Eストリート・バンドはブルースの盟友的な立場になっていったが、音楽に対する姿勢は変わっていない。また、ポピュラー音楽である以上、ファンが求めるものを無視できない。毎回同じクオリティーで「ジャングル・ランド」のソロを演奏しなければいけないのだ。ブルースほどのミュージシャンのサイド・マンともなれば、重圧は相当なものだろうと思う。例え体がボロボロになろうとも、音楽を支え続けなければいけない。時にファンは残酷な存在になる。
僕はボロボロなクラレンスの姿を見て、どこかで「もう、いいよ」と思っていたような気がする。年齢を考えればいつまでも過酷なツアーは続けられないだろうし、いつか終わりは来る。
クラレンスのサマーソニック来日が急遽決定したというニュースを知ったとき、ふと僕は、不謹慎な話だけれども、「クラレンスはもう体が限界に来ているのかもしれない」と思った。まだ体が動くうちに日本に行ってパフォーマンスをしたいと思っているのかもしれない、と。だから昨日ソニーからメールが来ているのを見たとき、僕は嫌な予感がしたのだ。
ただ、これほど耐え難いものはなかった。本当に僕は言葉を失った。体の一部が失われたようで、一人でいるとそのままどこか深いところに落ち込んでいってしまうような感じがした。
子供の頃から好きだったミュージシャンが逝ってしまい、残された者は何をしたら良いのかを考える。彼らが残してくれたものを、次に伝えていくこと。言い古されたような気もするが、やはりこれしかないのだろう。
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お疲れ様でした、クラレンス。あなたは十分にブルースとその音楽を支えました。ゆっくり休んでください。そして、ありがとう。
一晩明けても茫然自失だった。力が入らなかった。
インターネットでニューヨーク・タイムスの記事を読んだ。当然というか、小さな記事しか載せなかった日本のマスコミとは違って、本格的な評伝が書かれていた。それから音楽情報系のサイトの記事やファン・サイトの投稿を読んだりして、次第に現実を受け入れ始めた。
正直、近年のステージでのクラレンスは痛々しかった。もう、ブルースと一緒にステージを駆け回ることなんてできないのだという事実に言いようのない寂しさを感じた。
Eストリート・バンドのピークは間違いなくリヴァー・ツアーの頃だったと個人的には思っている。あれほど強靭なグルーヴを僕は他に知らない。ヴァン・ザントが抜けた’84年以降は全く違うし、再結成後の’99年以降もまた別物だ。
解散まではブルースにとってEストリート・バンドとは文字通りのバック・バンドだったのだと思う。音楽的絶対服従をメンバーに強いたからこそ、彼は「ボス」と呼ばれたのだ。 クラレンスの名演といえば「ジャングル・ランド」のソロが真っ先に挙げられるが、あれこそ正にその象徴だ。
『明日なき暴走』30周年記念ボックスのドキュメンタリーで明かされたことだけれども、ブルースはクラレンスのソロを一音一音チェックした。あの名ソロはブルースの音楽的構想の外を出るものではなかったのだ。そもそも『明日なき暴走』自体、アレンジがきっちり固められたアルバムだ。結果的にクラレンスのサックスが全面的にフィーチャーされ、あのジャケットが生まれたのだろうけれども、音楽的には全てブルースが握っていたと言って良いと思う。
確かに『明日なき暴走』の大半や「ロザリータ」なんかは、クラレンスがいないと再現が厳しいかもしれない。だが、ブルースの音楽は基本的にアレンジに縛られるものではないと思う。ジミ・ヘンドリックスのエンジニアだったエディー・クレイマーは「ジミの音楽は、たとえブリキ缶で演奏したって素晴らしいものになる」と語ったことがあるが、ブルースの音楽についても同じことが言えるだろう。
まず、音楽ありき、なのだ。バンドありき、ではない。
「ブラッド・ブラザーズ」以降、Eストリート・バンドはブルースの盟友的な立場になっていったが、音楽に対する姿勢は変わっていない。また、ポピュラー音楽である以上、ファンが求めるものを無視できない。毎回同じクオリティーで「ジャングル・ランド」のソロを演奏しなければいけないのだ。ブルースほどのミュージシャンのサイド・マンともなれば、重圧は相当なものだろうと思う。例え体がボロボロになろうとも、音楽を支え続けなければいけない。時にファンは残酷な存在になる。
僕はボロボロなクラレンスの姿を見て、どこかで「もう、いいよ」と思っていたような気がする。年齢を考えればいつまでも過酷なツアーは続けられないだろうし、いつか終わりは来る。
クラレンスのサマーソニック来日が急遽決定したというニュースを知ったとき、ふと僕は、不謹慎な話だけれども、「クラレンスはもう体が限界に来ているのかもしれない」と思った。まだ体が動くうちに日本に行ってパフォーマンスをしたいと思っているのかもしれない、と。だから昨日ソニーからメールが来ているのを見たとき、僕は嫌な予感がしたのだ。
ただ、これほど耐え難いものはなかった。本当に僕は言葉を失った。体の一部が失われたようで、一人でいるとそのままどこか深いところに落ち込んでいってしまうような感じがした。
子供の頃から好きだったミュージシャンが逝ってしまい、残された者は何をしたら良いのかを考える。彼らが残してくれたものを、次に伝えていくこと。言い古されたような気もするが、やはりこれしかないのだろう。
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お疲れ様でした、クラレンス。あなたは十分にブルースとその音楽を支えました。ゆっくり休んでください。そして、ありがとう。
リチャード・ライト死去 ― 2008/09/16 21:59
今日の夕刊を読んでいて愕然となった。元ピンク・フロイド(と言って良いのだろうか)のリチャード・ライトが癌で亡くなった、と訃報が載っていたのだ。享年65歳。
数年前のデイヴィッド・ギルモアのツアーに参加したりしていたので、まだまだ元気だと思っていただけにショックだし、残念でならない。今にして思えば、そのギルモアのツアー・ライヴDVDでのリチャードは、急激に老け込んだように見えた。病気は進行中だったのだろうか。
’05年のライブ8でのフロイド再結成も非常に貴重なものになってしまった。あのラインナップを見ることはもう二度とできない。またひとつ伝説が、歴史が幕を閉じた。
ここ数年、幼い頃や若い頃の僕に大いに影響を与えた人々が、ぽつり、ぽつりと舞台から姿を消すようになった。言いようのない寂しさを感じる。
数年前のデイヴィッド・ギルモアのツアーに参加したりしていたので、まだまだ元気だと思っていただけにショックだし、残念でならない。今にして思えば、そのギルモアのツアー・ライヴDVDでのリチャードは、急激に老け込んだように見えた。病気は進行中だったのだろうか。
’05年のライブ8でのフロイド再結成も非常に貴重なものになってしまった。あのラインナップを見ることはもう二度とできない。またひとつ伝説が、歴史が幕を閉じた。
ここ数年、幼い頃や若い頃の僕に大いに影響を与えた人々が、ぽつり、ぽつりと舞台から姿を消すようになった。言いようのない寂しさを感じる。
ダニー・フェデリシ死去 ― 2008/04/19 11:29
昨晩、SONYミュージックから送られてきたブルース・スプリングスティーンのメール・マガジンを読んで愕然となった。治療のためマジック・ツアーを離脱していたEストリート・バンドのダニー・フェデリシが亡くなったというのだ。享年58。
ツアー離脱時に癌という病名は伝えられていたが、それでも信じられなかった。僕は急に何も手につかなくなり、そのまま布団に入ってしまった。
今朝になって事態を何とか飲み込もうとした。とりあえずブルースの『ザ・リバー(The River)』をプレーヤーに載せた。ダニーのオルガン・プレイが一番印象的なアルバムだ。
「ハングリー・ハート(Hungry Heart)」のオルガン・ソロはダニー屈指の名演だし、ロック史に残るものだと信じて疑わない。Eストリート・バンドのサウンド・カラーを一時期決定付けていたのはダニーのオルガンである、と個人的には思っている。
近年は地味なプレイに徹していた感もあるが、『マジック(Magic)』の「リヴィン・イン・ザ・フューチャー(Livin' In The Future)」では久々にソロ・プレイを聴かせてくれていた。たとえ目立たなくてもダニーのオルガンは常に重要なアクセントであった。
メール・マガジンでも伝えられていたが、ブルースのオフィシャル・ホームページで改めてブルースのコメントを読んだ。
”(略)...We grew up together.”
その時、プレーヤーからは「ドライヴ・オール・ナイト(Drive All Night)」が流れていた。急にこみ上げてくるものがあり、僕はそれを抑え切れなかった。悲報を知ったときには出なかった涙があふれてきた。
Eストリート・バンドが今後どうなるのか、ツアーはどうなるのか、それについては一切報道されていいない。公演のいくつかはキャンセルになったようだが、ブルースやバンドのメンバーの心情を思うと、本当にやるせない。
心の底からダニーの冥福を祈りたい。僕は彼のオルガンを聴いて育ったのだ。
ツアー離脱時に癌という病名は伝えられていたが、それでも信じられなかった。僕は急に何も手につかなくなり、そのまま布団に入ってしまった。
今朝になって事態を何とか飲み込もうとした。とりあえずブルースの『ザ・リバー(The River)』をプレーヤーに載せた。ダニーのオルガン・プレイが一番印象的なアルバムだ。
「ハングリー・ハート(Hungry Heart)」のオルガン・ソロはダニー屈指の名演だし、ロック史に残るものだと信じて疑わない。Eストリート・バンドのサウンド・カラーを一時期決定付けていたのはダニーのオルガンである、と個人的には思っている。
近年は地味なプレイに徹していた感もあるが、『マジック(Magic)』の「リヴィン・イン・ザ・フューチャー(Livin' In The Future)」では久々にソロ・プレイを聴かせてくれていた。たとえ目立たなくてもダニーのオルガンは常に重要なアクセントであった。
メール・マガジンでも伝えられていたが、ブルースのオフィシャル・ホームページで改めてブルースのコメントを読んだ。
”(略)...We grew up together.”
その時、プレーヤーからは「ドライヴ・オール・ナイト(Drive All Night)」が流れていた。急にこみ上げてくるものがあり、僕はそれを抑え切れなかった。悲報を知ったときには出なかった涙があふれてきた。
Eストリート・バンドが今後どうなるのか、ツアーはどうなるのか、それについては一切報道されていいない。公演のいくつかはキャンセルになったようだが、ブルースやバンドのメンバーの心情を思うと、本当にやるせない。
心の底からダニーの冥福を祈りたい。僕は彼のオルガンを聴いて育ったのだ。
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