奢れる者は久しくありたい ― 2007/12/11 23:40
ペルーでフジモリ元大統領の裁判が始まった。朝、テレビのニュースを見ていたら、激昂しているフジモリ氏の様子が映し出されていた。
裁かれる元権力者といえば、イラクの故フセイン元大統領を思い出す。ただあの裁判自体は出来上がった筋書きに沿って進められたもので、内容はあるようなないような感じだった。
ペルーの場合、外国の圧力によって権力者が排除されたのではなく、自国の政治状況の変化によって、フジモリ氏が権力の座を追われた。その点では、今回の裁判はまっとうなものであるといえるだろう。
一度権力の味を占めた者がそれを忘れるのは容易なことではない。声を荒げ、大げさな身振りで自分の正当性を訴えるフジモリ氏の様は、ヒトラーのそれを連想させた。
10年前、日本大使公邸人質事件が特殊部隊の強行突入によって「解決」した時、フジモリ氏を非難した論調はほとんどなかったと記憶している。だが、あれはどう考えても虐殺だった。恐らく「人道に対する罪」は熟するまでに時間がかかるのだろう。
時の権力者の都合によって、正義の定義付けは変えられてしまう。日本でも、テロに対するなんとかという大義名分で、人質を見殺しにした権力者がいたが、あの時国民のほとんどは見事に納得させられた。状況が変わって、その権力者が裁かれる日はやってくるのだろうか。
そんなことをニュースを見ながら考えた。
裁かれる元権力者といえば、イラクの故フセイン元大統領を思い出す。ただあの裁判自体は出来上がった筋書きに沿って進められたもので、内容はあるようなないような感じだった。
ペルーの場合、外国の圧力によって権力者が排除されたのではなく、自国の政治状況の変化によって、フジモリ氏が権力の座を追われた。その点では、今回の裁判はまっとうなものであるといえるだろう。
一度権力の味を占めた者がそれを忘れるのは容易なことではない。声を荒げ、大げさな身振りで自分の正当性を訴えるフジモリ氏の様は、ヒトラーのそれを連想させた。
10年前、日本大使公邸人質事件が特殊部隊の強行突入によって「解決」した時、フジモリ氏を非難した論調はほとんどなかったと記憶している。だが、あれはどう考えても虐殺だった。恐らく「人道に対する罪」は熟するまでに時間がかかるのだろう。
時の権力者の都合によって、正義の定義付けは変えられてしまう。日本でも、テロに対するなんとかという大義名分で、人質を見殺しにした権力者がいたが、あの時国民のほとんどは見事に納得させられた。状況が変わって、その権力者が裁かれる日はやってくるのだろうか。
そんなことをニュースを見ながら考えた。
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